ライブコーディングの発展史の概略

更新日: 2024.10.22

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ライブコーディングの発展史の概略

音楽のライブコーディングの原点を辿ると人数の少ないコンピューターアートやコンピューターサイエンスに関心がある学生らによって行われていた実践であった。ライブコーディングがライブコーディングという名で呼ばれていなかった時期に、それに似た実践が行われ始めたのは2000年代のはじめのほうからだ。1990年代後半にラップトップを通して個人がリアルタイムに音響合成などの処理を行えることをきっかけに、クラブやパブでラップトップを用いて音楽やヴィジュアルのパフォーマンスを行う新しいエレクトロニック・ミュージックのシーンが出現した(Blackwell et al., 2022)。ライブコーディングはライブ会場でコンピューターを使ってライブ表現を行うラップトップパフォーマンスの延長に現れた新しい実践だった。この時期をライブコーディングの黎明期と呼ぼう。ライブコーディングの黎明期にこの実践の立役者となる存在がある。それは、Alex McLeanとAdrian Wardによって結成されたラップトップ音楽のデュオをSlubだ。Slubは自らが作ったソフトウェアをプロジェクターに投影しながら音楽のライブパフォーマンスを行い、今ある音楽をコンピューター上で操作している様子を共有する現在のライブコーディングの走りのような実践を行った(Collins et al., 2003)。このような、コードを用いたリアルタイムな表現をパフォーマンスとして披露することに興味を持つ学生たちによって今のライブコーディングの初期的な実践が行われていた。

また、言い忘れてはならないのが、黎明期にライブコーディングの実践を行っていた人々はアカデミズムの背景があったということだ。前述した人物らは、みな芸術系の学部を出身としている(Blackwell et al., 2022)。当時彼らは、コードそのものを工芸的な材料や記譜法のメディアとして扱うような実験を芸術系の大学院で行っていた。また、2000年代ごろから現在に至るまで、NIME(New Interfaces for Music Expression)やICMC(International Conference on Mathematics and Computing)といった学会で彼らはライブコーディングに関する論文やパフォーマンスを公開していった(Mori, 2020)。このような学術的な背景のある人たちでのみライブコーディングという実践は行われて、知られていった。ライブコーディングの黎明期はアカデミックな背景を持つ人物を中心にコミュニティが形成されていた。

ライブコーディングの黎明期の2000年代前半では、実地とインターネットを通じてライブコーディングという実践を個々のライブコーディングに興味がある人々を繋ぎ合わせた。2000年代になるとインターネットにアクセスできるようになり、掲示板システムやメーリングリストを通して、Alex McLeanやSam Aaronといった人物がライブコーディングのコミュニティーを構築しはじめた(Blackwell et al., 2022)。他方でオフラインでは、小さなクラブ、プロジェクト・スペース、学会といった場を通してライブコーディングのデモンストレーションを行っていった。例えば、ロンドンのホックストンのFoundryというパブやスピタルフィールズのPublic Lifeというヴェニューは、ライブコーディングの実践者が集まって、パフォーマンスを行う中心地であった(Blackwell et al., 2022)。そこで行われたイベントは前述したSlubや、Amy Alexander、Nick Collins、Fredrik Olofssonといった現在のライブコーディングの中心的な人物らが出演し、交流を交わす場として機能していた。こういったオンライン、オフラインの交流の場がそれぞれ個別でライブコーディングに近い活動していた人たちを繋ぎ合わせていた。

ライブコーディングのコミュニティー形成に大きく貢献したのが、TOPLAP(Temporary Organisation for the Promotion of Live Algorithm Programming)という組織の誕生である。2004年にChanging Grammarsというコードを芸術的な手段として扱うことをテーマに据えたアートフェスティバルが行われた。そこで集まった人々によってTOPLAPというコミュニティーが形成されて、同時TOPLAPマニフェストが公開された(Blackwell et al. 2022)。以下がTOPLAPマニフェストの全文であり、その翻訳を付属しておいた。

We demand:

  • Give us access to the performer's mind, to the whole human instrument.
  • Obscurantism is dangerous. Show us your screens.
  • Programs are instruments that can change themselves
  • The program is to be transcended - Artificial language is the way.
  • Code should be seen as well as heard, underlying algorithms viewed as well as their visual outcome.
  • Live coding is not about tools. Algorithms are thoughts. Chainsaws are tools. That's why algorithms are sometimes harder to notice than chainsaws.

We recognise continuums of interaction and profundity, but prefer:

  • Insight into algorithms
  • The skillful extemporisation of algorithm as an expressive/impressive display of mental dexterity
  • No backup (minidisc, DVD, safety net computer)

We acknowledge that:

  • It is not necessary for a lay audience to understand the code to appreciate it, much as it is not necessary to know how to play guitar in order to appreciate watching a guitar performance.
  • Live coding may be accompanied by an impressive display of manual dexterity and the glorification of the typing interface.
  • Performance involves continuums of interaction, covering perhaps the scope of controls with respect to the parameter space of the artwork, or gestural content, particularly directness of expressive detail. Whilst the traditional haptic rate timing deviations of expressivity in instrumental music are not approximated in code, why repeat the past? No doubt the writing of code and expression of thought will develop its own nuances and customs.

Performances and events closely meeting these manifesto conditions may apply for TOPLAP approval and seal.

(Blackwell et al. 2022)

我々は要求する:

  • 演奏者の心、すなわち人間の楽器全体へのアクセスを我々に与えよ。
  • 闇に閉ざすことは危険である。スクリーンを見せよ。
  • プログラムは自らを変えることのできる道具である。
  • プログラムは超越されるべきものである。人工言語がその方法である。
  • コードは聴くだけでなく見るべきであり、アルゴリズムは視覚的な結果だけでなくその基礎となるアルゴリズムも見るべきである。
  • ライブコーディングはツールについてのものではない。アルゴリズムは思考である。チェーンソーはツールである。だからこそ、アルゴリズムは時にチェーンソーよりも気づきにくい。

私たちは相互作用と深みの連続性を認識するが、以下を好む:

  • アルゴリズムへの洞察
  • 精神の器用さを表現/印象的に示すアルゴリズムの即興的な巧みさ
  • バックアップなし(ミニディスク、DVD、セーフティネットコンピューター)

私たちは、以下を認識している:

  • ギター演奏を鑑賞する際にギターの弾き方を理解する必要がないのと同様に、コードを理解していなくても鑑賞に支障はない。
  • ライブコーディングは、手先の器用さを印象的に見せたり、タイピングインターフェースを誇張したりすることもある。
  • パフォーマンスには、作品のパラメータ空間やジェスチャー表現のコントロールなど、さまざまなインタラクションが含まれる。特に、表現の詳細の直接性については、その範囲に及ぶかもしれない。従来の器楽音楽における表現のタイミングのずれはコードでは近似されないが、なぜ過去を繰り返すのか? コードの記述や思考の表現は、独自のニュアンスや慣習を発展させていくことは間違いない。

以上のマニフェストは今でもTOPLAPのマニフェストとして扱われている。また、このマニフェストが先に説明したようなライブコーディングがソフトウェアの内部で行われていることを観客に共有するというノームを形成していることがわかる。音楽のライブコーディングに多く見られる即興的なパフォーマンスの様もこれらのマニフェストが事前に用意した音楽ではなく、「精神の器用さを表現/印象的に示すアルゴリズムの即興的な巧みさ」を求めるところから来ていると見て取れる。いわゆる、TOPLAPマニフェストは今のライブコーディングのスタイルを形成する原点になっている。

TOPLAPはライブコーダー(ライブコーディングの実践者)にとっての中心地としての機能を果たすようになり、最初はメーリングリストやオンラインウィキが作成されコミュニティーメンバーを増やしていった。現在では、オンラインフォーラムやDiscord等のソーシャルメディアを通してコミュニティーのメンバーでライブコーディングに関する様々な会話が行われており、様々な地域でTOPLAPの支部が存在して、ライブコーダーにとっての交流の場として拡大を続けている。

ライブコーディングの人口が拡大し始めたのがおおよそ2012年からだと言える。それにはきっかけが二つある。一つ目はAlgoraveというムーブメントの登場だ。二つ目はライブコーディングの言語にmini-language系の言語が登場した背景だ。

Algoraveはアルゴリズムの操作によってライブでクラブシーンに寄った音楽やビジュアルをパフォームするというムーブメントで2012年にその最初のイベントが確認される(algorave.com, n.d.)。Collins & McLeanが述べているように、ダンスミュージックやパターンの操作によって表現される映像にあるようなループ構造がAlgoraveをそれたらしめる重要な要素となる(2012)。Algoraveのパフォーマンスは必ずしもライブコーディングではないが、そのほとんどのパフォーマンスはライブコーディングによって行われる。Algoraveというムーブメントを通してライブコーディングがより広範な人口を持つサブカルチャーであるクラブカルチャーに合流することは、ライブコーディングがより多くの人に認知されるきっかけになった。

また、mini-languageという種類のライブコーディング言語の登場はAlgoraveで用いられるループパターン中心の音楽を非常に早く簡潔に記述できるようにした。2002年にSuperColliderという汎用的な音響合成の言語のアップデートにより、ライブで音響合成ができるような環境ができたと同時に、SuperCollider以外の言語をフロントエンドとして設けることで、SuperColliderの音響合成を外部から操作できるSCServerが実装された(Collins & McLean, 2003)。このアップデートのおかげで、短い記述で音響合成の命令や特定の音のパターン構造を記述することができる言語をフロントエンドで用いてSuperColliderで音を鳴らすというライブコーディングに特化したmini-languageが登場した。現在主流のライブコーディング言語であるTidal CyclesはHaskellという言語を下に構成されているライブラリであり、それに対立する人気を博すSonic PiもRubyという言語を下に構築された環境であり、双方ともSuperColliderを音響処理のバックエンドに用いている。これらのmini-languageは記述の簡潔さゆえに、それ以前に存在していたライブコーディングの環境と比べて初学者にも理解しやすくとっつきやすい言語設計となっていた。また、短い記述で済むことから即時的にコードを編集できる。このことより即興的な音楽の変化に対応できるようになった。この二つの点より、より多くのライブコーディングによる音楽の演奏を試す機会を人々に与えたのだ。

したがって、Algoraveによってライブコーディングの認知が拡大され、同時期により初学者に優しいライブコーディング言語であるmini-languageの登場によりライブコーディングに触れる人を増やしていった。これらの2つの出来事はそれぞれ相互に関連しあっていて、ライブコーディングのコミュニティをさらに活発にしていった。これらの経緯を経て今のライブコーディングは実践として、またコミュニティとしてポピュラーな文化になる過程にあるといえる。

参考文献

  • Blackwell, A. F., Cocker, E., Cox, G., McLean, A., & Magnusson, T. (2022). Live Coding: A User’s Manual. MIT Press.
  • Collins, N., McLean, A., Rohrhuber, J., & Ward, A. (2003). Live coding in laptop performance. Organised Sound, 8(3), 321–330.
  • Collins, N., & Mc Lean, A. (2014). Algorave: Live performance of algorithmic electronic dance music. Proceedings of New Interface for Music Expression
  • Mori, G. (2020). Live Coding? What does it mean? : An Ethnographical Survey on an Innovative Improvisational Approach. University of Florence (PhD Thesis)
  • algorave.com (n.d.) Live dates. https://algorave.com/